番外編「初恋の人と再会したら」

とある冬の祝日の話。

小学校の小さな小さな同窓会が開かれたの。
6人だけの同窓会。

送られてきたメンバーをみて、私の心はすこしざわついた。
名前があったの。

小学生のときに好きだった、翼くん。

卒業以来、20年ぶり。

ねぇ、どんな顔して会えばいい?

Xxxxxxx

会場は地元に最近できたばかりの居酒屋。
入口前でひとつ深呼吸。

くん、どうなってるんだろう。

のれんを潜るとすぐに目を奪われた人がいた。

あ、翼くんだ。

まさかの入り口正面。
一瞬、見つめ合ったのも束の間。

「わー!久しぶり!!」
「みなみだーーーーー!」

同級生の歓声があがる。

20年ぶりの再会はあっけないほどあっという間。
6人がけのテーブル、端っこに座っていた翼くんと対角線の席につく。
もうみんな結構お酒も進んでるみたい。

「翼、お酒つくって!焼酎お湯割濃い目〜」

私を誘ってくれた智子が翼くんへ雑なお願い。

「自分でやれって」

少しイラついたように言いながらも、絶対やってくれる面倒見のよさ。

…変わらないな。

お酒をつくる横顔を眺める。
切れ長の目、高めの鼻にしゅっとした細い顎。薄めの唇。不機嫌そうな顔とか、皮肉っぽい笑顔が似合う。

ハリーポッターだったら絶対スリザリン笑

決して「誰もが認めるイケメン」ではないんだけど、なんでか惹かれる顔なんだよね。

あぁ、顔も中身もやっぱり好き。

私の「好き」の原点は彼なんだと再確認させられる。
その視線に気づいたのか、翼くんが視線を合わせずつぶやいた。

「きょう、みなみが来るっていうからめちゃめちゃ緊張した」

相変わらずのポーカーフェイス。
そんなところも好きだった。

ふと、目線を落として左手の薬指を確認する。

指輪は、ない。

大人になってからできたこの癖のせいで、自分が目の前の男性を恋愛対象として考えてるのか分かるようになってしまった。
私はまだ、翼くんのことが気になるみたい。

でも

「この中で結婚してるのは翼と和樹だけかー」

クラスでも随一のお調子ものだった、晋平の一言で現実を突きつけられる。

そりゃそうよね。残念!

いい男ってなんで結婚早いんだろう。
私、昔の方が見る目あったかも。

「みなみと翼はさ、結局どうなったの?」

見逃したドラマの続きを聞くように、同級生が尋ねてきた。

あのころの私たちは両思いだった。
クラス公認の両思い。
それ以上でも、それ以下でもない。

どこかにデートをしに行ったこともないし、手を繋いだこともない。
付き合おうって約束したわけでもない。
ただ、このまま中学生とか高校生になったら自然に付き合うんだろうなって。クラスのみんなも翼くんも思っていたと思う。

でも…中学生になった私が他に彼氏をつくって疎遠になってしまった。
翼くんには「彼氏ができた」と伝えたけど、それ以上、何を伝えればよいのか分からなかった。「別れよう」というのも違う気がして、押し黙った。春先の穏やかな夕日が差し込む中学校の廊下での話。

「わかった」

と、一言だけ翼くんは返事をくれた。

私たちの物語は、そこで終わり。
傷付けたのは私のほうだろう。

手くらいつないでおけば良かったかな。

「俺は
好きだったよ」

視線を合わせず言う翼くんの横顔が、あのころと重なる。
翼くんの言葉を受けて、みんなの視線が私に注がれた。

「私は久しぶりにあって、やっぱり翼くんのこと好きなんだなって思ったよ」

言ってから気がつく。
既婚者に対してこれは、アウトかしら?

ちらっと視線を向けると、翼くんのポーカーフェイスが崩れていた。

「え、普通に照れる」

思春期の男の子みたいに真っ赤になった翼くんに感情が揺さぶられた。

もしもあのとき

実現しなかった「もしも」を描こうとして、やめた。
考えちゃダメ。
くんはもう結婚してるんだもん。

壊しちゃいけない。
彼の幸せも、私たちの思い出も。

「しかし、俺たちのアイドルみなみが結婚してないとはなー」
「まだ独身よ。彼氏もいないし」

小さな小さな同窓会の盛り上がりは、閉店時間を過ぎてなお冷めることはなくて、まだまだあの頃でいたい私たちは、卒業した小学校に忍び込んだ。

忍び込んだ小学校は、あのときのまま。

「みなみ」

記憶の中と同じ声で私の名前を呼ぶ、記憶の中より大人になった翼くん。

あ、そういえば
きょう、初めて名前呼ばれたな。

そのあとも、あの頃遊んだ公園に行ってみたり、待ち合わせ場所だったコンビニの前に行ってみたり…。懐かしい思い出に、新しい思い出を少し足したところで、解散の時間がやってきた。

「じゃあな!次は夏あたりにあおうよ」

幹事の晋平から解散の合図。

ここで解散されると、私と翼くん2人だけで帰ることになるんだけどな
それに気がついた同級生が冷やかす。

「ひゅーーー!みなみちゃんと翼くん、2人で帰るの〜?!」

あぁ
みんな小学生の頃に戻ってる

最後の最後に、少しだけ2人きり。
話したいことはたくさんあった。

それでも。

「楽しかったね」
「いまどこに住んでるのー?」

ふと、会話が途切れて昔話にならないように、私はペラペラと薄くて当たり障りのない会話を並べる。

昔の話はしない。
昔話をしたら、私がまた、翼くんに恋をしてしまいそうだったから。

小学校からの帰り道の距離なんてたかが知れていて、あっという間に分かれ道に差し掛かってしまった。

「まだ一緒にいたいね」

なんて言えるほど、私たちの関係はいまだに成熟していない。
その一言が言えなかった、あのころのまま。

「きょうはありがとう!楽しかったよ」
「うん、またね」

この「またね」はいつかやってくるのだろうか?
それとも、もう来ない「またね」なのかな。

いつのまにか雪が降り始めていた。
初雪だ。

くんに背を向けて歩みをすすめる。
振り返ると、翼くんと目があった。
両手で手を振る翼くんは相変わらずのポーカーフェイス。

好き。

 

でした。

無理やり過去形に閉じ込めた君への思いを噛み締めて、もう一度歩きだす。あのころ、君を思って歩いた通学路。
粉雪はやまない。きっと、少しだけ積もって、朝には消えてしまうのでしょう。

「好き、でした」

もう一度声に出すと、白い息が夜に溶けていった。

聞きたいことも、あの日の続きも。
ぜんぶぜんぶ、朝の中に溶ければいいのにね。


昔話になりつつある、翼くんとの恋物語。
この物語の続きは書かない。
「結末はどうだったんだろう?」って想像して楽しむの。

そんな恋が、あってもいいじゃない?

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